受かってしまった…
ここ数年、頭を悩ませていたことなんだけど、
むかーし、そのむかーし、なりたくて、頑張ってた時期は、ことごとく、運にも、自分の状況にも、見離されて、なれなかったもの、に
ひょんとしたことから
偶然に、私の勘違いで応募したことから、その界隈に就労することから、始まって
ふと、在学時、つまり、20年ほど昔の自分が蘇ってきて
自分の今の状況のまま、当時の本命に応募できないかと、何回も、試行していたけど、結局、条件に満たずに応募すらできないまま数年過ぎた。
で、うらめったらしい気持ちになりつつ、かと言って、紆余曲折して歩いてきた教育畑に戻りたいとも思えずに、
父が勧めた試験に、受けるために健気に勉強して、二次試験で落ちたりして時間の無駄、限りない時間の無駄を過ごして
専門知識の再習得を考え、大学の再編入学を検討し、資料を取り寄せ、説明会に参加して、学費とにらめっこしながら
興味深い資格を見つけて、ふらふら勉強しはじめたりして
また、人員削減にて辞職、再就職という目まぐるしい日々が過ぎてきて
よしこい、こうなったら、専門知識を獲得するために勉強をとりあえず進めると決めたら
◯あきらめていた資格の受験条件を満たせることが判明→来年受験
◯在学時の本命だった職種に採用された
という、なんというか、どちらも条件がギリギリセーフで通過したという。
偶然に、私の勘違いから応募した職は、就職祈願受けたからだと思うし
(友人は受けた日に内定取消しになって、再応募した現在の仕事に誇りを持っている。)
都度都度、進路について(もう若くないのに)祈願をかけては、悩んでいた。
私のはじまりの祈願から、3年半後の今、急カーブして今の道に立ってるという印象がある。
なんでかなあとうまくいかなかったのかと思うこと、には、ひとえに、応募条件が急カーブで変わり、私が応募できる状況になったから、に尽きる。私が変わったわけじゃないあたり、祈願だと思うのだ。
がんとして、その界隈から離れることを嫌がったために、応募できる状況から遠ざかるという意味不明なことになっていたのですよ。普通ならそんな状況自体、ありえない。
そうか、運が、ほとんどなかったんだ。あ、そうか。そりゃ、そうだ。
バタバタと落ち着かない、書類を整える作業を抱えて、ふと気づいたら
息子が部屋で気持ちよさそうに熱唱していた。
マジで上手かった。どこかに応募したりたいくらい上手かった。
歌手になればいいんじゃないかと思った。
いや、違う。
祈願って角度があるんだって話。かける祈願の種類って大事だって話。
勉強するために購入した書籍が無駄になってしまった。(専門試験受験のための基礎問題)
しかも、募集期間1か月で、募集開始なら半月くらいして見つけたという。ギリギリで応募した。
わかってたなら無駄な時間過ごさなかったのになあ。。。
運って…すごいと思う。
運ってなんだと思う?
光なんだって笑