らいらの部屋

らいらの霊能精進日記

ザ 生霊がえし

ちょっと考えることがあって、昨日、FOBにイタコしてもらった私の守護霊の主訴のことを考えていた。

 

言葉の誤解、については、馴染みのない方との間でよく起きているので、困ったな、と思いながら、朝支度をした。で、たぶん、ちょっと、あかんほうに、心が向いたのかもしれない。

 

階段の一番上から、すべって落ちたwwww

 

でも、肉絨毯があったので、全然体は痛くなかった。

頭も打たなかった。

 

でも、もっていたマグカップは割れて、左手のひらから血がでた。

 

朝ドラを見ていた父が、ちょっと遅れて、のぞきこんでチッって言った。

(だろうなと思った。夕方、父にアレは傷ついたと言ったら、俺のほうが傷ついたと言っていた。父は私を大事すぎて、そういう、意味のわからない表現をする。最近、父のことがわかるようになってきた。)

 

おちた瞬間、なぜだろうか、って考えていたのだが、昨日祓ったやつなのかなとも思えたのだが、もしや、鏡のアレか?とも思ったりもした。つまり、自分が生霊を発していたのか?ってこと。

 

鏡のアレじゃなくても、私はちょっとむんむんしていたので、これはちょっと冷静にならないかんと思った。ただでさえ、なんと、私の守護霊は、私のことが大好きすぎて、あまりにも言葉が通じないいろんな方を生理的に嫌悪していたことがわかったのだ。私はというと、頭のなかではそれほどの怒りは感じていないのに、子宮らへんから、怒りの波動がでてくるので、これは私の課題に違いないとふんでいたのが、

 

なんと、自分の守護霊の思い、だということを昨日知ったのだった。

 

生霊がえしをされたのだったら、こんなおもしろいことはないと思いながら(迷惑なやつ)、まぁ、このあたりの判定は定かにすることはできない。でも、私は馴染みのない方とわかりあえないでいることをどうしたらいいのか、をだいぶ前から考えていた。でもって、守護霊の怒りだとしても、それは、もう、自分がちゃんとできていなから、そうなるんだと思って、守護霊へは感謝することにした。

 

あんまり、厳しい守護霊だといいふらしたからかもしれないなとも思った。

 

そしたら、私がとんでもない精進に入ったときに、どんな気持ちになったかとか、どういうふうだったのかが、自分の内側に入ってきた。

 

ああ、ごめんね、と思いながら、私が守護霊に感謝していないと、霊的にも、「いじめ」がはじまるのではないかと考えたりもした。守護霊が誰かをいじめるように、「怒る」なんて本当かどうかはわからないけれど、私が守護霊を愛し感謝する地点を落とし所にするにしては、ありだとおもった。

 

(このあたりはいつもそう判定する。仮説として置いてデータをいくつかとるようにして、検証ができるようになってから、ひとにはそうだという。それまでは調査するが、そもそも守護霊の通訳をあまりしない。だって、日常化したらそれこそ変態じゃん。)

 

愛と感謝と慰めを伝えたら、メソメソ泣いていたように思う。

 

 

まぁ、それを一定終えてから、いろいろ考えてみた。

 

あまり自信がなかったので、法友に、自分のことを聞いてみた。客観的な意見は大事だと思うので。ありがたかった。

 

で、守護霊が傷ついていると、みんな、そうなるのかなってちょっと思った。怒りがとまらなくなる。誰だってさ、自分が守護している人間が大事だよ。だから、どんなひとにも愛しているひとがいるって思ったらさ、傷つけたり、卑しめたり、腹を立てたり、しないで済むのにね。

 

ヘタレな守護霊であっても、自分の守護している人間への愛は、とても深い。どの人間もそうなんだよん。

 

怒れるひとは、もしかしたら、自分の守護霊が貴方のことを大事すぎて怒っているのをキャッチしてるだけかもしれないよ。

 

そうやって、いじめられた私のかわりに怒っている守護霊のやつあたり場になっているかもしれない馴染みのない方に、申し訳なくなって、思いを伝えてみた。私は、愛を行動で表現しやすくなっているので、最近、あまり言葉にしなくなっているので、それも反省したりもした。

 

言葉も行動も、両方大事なのにね。

 

 

そしたら、なんだかひろがったよ。よかった。

 

 

責めているつもりはないのに、自分ができないことをしたひとを目の前にすると、そう感じてしまうのかな。私のほうは、ずっと尊敬してるから、関わっていたのにね。

 

こまったことだ。からまった糸というのは。

 

守護霊がかんでいるなら、なおさらだよ。よく解けたなw