らいらの部屋

らいらの霊能精進日記

FOBのつぶやき。

以下、気をとりなして書いてくれたFOB の愚痴。→は私のコメント。◯はFOB

 

◯霊視中は基本周りが見えなくなる(会話や音とかは聞こえるけどほとんど記憶に残りません)

 

→そのとおりです。三次元に意識が合わさってないからです。私、わりと自然と入ります。よくあります。思考にふけっていると、無意識にそうなりやすいので気をつけてはいます。

 

 

◯日常生活送る上で車の運転とかしながらでもこなせるのですが話しかけられても霊視に集中するので危ないです。

 

→私はたまにやります。

 

 

◯文字通り霊視世界へ没入するため、
長時間机に向かったような疲労感があります。(脳はフル回転です)

 

→うーん。脳は使うんだけど、脳で霊視するわけではない。自分の魂の深い層に入っていき意識より深いとこで、照準をとらえる。 

 

→その照準をとらえたまま、ダイレクトにつなげるように、意識を肉体に向けて一直線に自分の次元層を繋げる。

 

→感覚的にとらえたものを、幽体から肉体の脳に信号を送り込み、脳で可視化する。

 

→可視化は、、その照準にしっくりはまるものを脳が走査するから、、、脳がGoogle検索処理するようなものなので、めちゃくちゃ集中状態になります。

 

→つまり、こんな説明を頼りにして簡単にできるようになるわけありません。そもそもに、自分の魂のなかに意識が入ることは相当な訓練を要します。つまり、私達は訓練しました。瞑想を。そういや、瞑想訓練だけでもできませんわ。相当な、自分の心との対峙、反省を要します。

 

 

◯慣れてくるとそんなに疲れないですが。

エクソシスト自体は相手とのお話になるので人の相談に乗るようなものです。根気が要ります。

 

→目に見えないものの降魔と、人へのエクソシストは、全く違います。人へは、光の言葉を使います。FOBのこの話は、人へのエクソシストについてです。

 

→つまり、白鬼(本当は鬼ではなく悪魔だった)がついた人には、「主のお役に立って主が喜んでますね」とか、本人の意識を変えるような言葉を伝えるとこから始まる。

 

→目に見えない魔にすることと、人間にすることはまるで違う。心霊喫茶エクストラ参照。

 

→ただ、いろんな状況があるので、研修や祈願だとか、つまり、美しき誘惑の狐みたいに、本人自身の腰の入った反省が必要なときは、まず、あの映画みたいに、人生かけて、精進をともにしてくださる、魂の縁ある人が必要に思います。ルーツは関係ありません。

 

 

 

◯霊視遊びやってると現実の境界線が訳分からなくなるので絶対興味本位で1人ではやらないこと。
(ぬーべーとか幽遊白書みたいなコミカルな世界もあるので好きな人は好きかも。面白いっちゃ面白いですが)

 

 

→…コミカル?

 

 

◯ホラー映画がホラー映画ではなくギャグ映画にしか見れなくなる。

 

→八割はそうかな。でも、私は、たまに怖くはなる。たぶん、違う意味で。その映画が影響させた人間の末路を想像すると、ホラー映画より、人間模様を描いた映画が怖くなるときはある。悪魔だとか悪霊映画だとかは、ほとんどギャグだと思う。

 

 

→突っ込まずにはいられませんでした。すいません。