家系につくアレ
当会では、家系に憑依して代々、子孫に受け継いでいる悪霊を「おなじみさん」と呼ぶ。その「おなじみさん」を見抜くのは難しいばかりか、その「おなじみさん」への対処法も明確ではない。
○そのあたりは、えらいお坊さんにお願いして悪霊を成仏させるのと同じで、そういう悟り深い方に先祖を供養をお願いする。
おなじみさんに憑依されても頑張ってきた先祖を光でねぎらったりね。間違ったところを霊的に教えたりする。これ、私もたまにやるけど、相手が納得するのに、それなりの説得が必要。説得するのに霊的な力がないひとは、まず、やりきることはない。どうしてかと言うと、説得に必要な情報って、霊能力がないと得ることができないからだよ。それができないなら、それなりの威力が必要。般若心経ではまず無理だよ。
般若心経って、仏法概念をめっちゃコンパクトに羅列して、簡単に言うと、仏へ通じる心の無限さを説いてるんだよね。音から来る波動はもちろん高いけど、読んでる方も聞いている幽霊の方も、「よくわからない」んだよね。
だから、般若心経の部分を解説するように、そのひとの状況に合わせて、そのひとの心の様子に合わせて、ふんふんと聞いてやりながら、光をバーって当てながら、めっちゃんこ、憎しみだとか恐怖だとか苦しみにあえいでいるやつを
攻撃してくるやつなら、攻撃をしなくなるまで拘束して光をあてて
(攻撃してくるやつで魔なら救済対象ではない。魔に敗北宣言させるのが目的。)
攻撃しなくなったら、光をじゃーーーーってあてまくって
隙がでてきたら、生きている人間も心を開いて話してくれるように、映像だとか直感とかで見せてくれる、そのひとの過去の動画を材料にして
善悪を説いて
(だいたい不遇な状況なので、その状況に同情しないこと。)
仏の存在をお話して
(だいたい、だったらなぜこんなに不幸なのか、自分には関係ない、と言うから気にしないこと)
その魂を愛している善なる魂をあの世から呼んで
(呼んでれば、そのうち、菩薩と一緒に来てくれる。来てくれるまでは、話を聞いてやる)
その悪霊が涙をホロホロ流しながら、親に抱かれる嗚咽している子どもみたいになったら、光っている空に向かっていくのを見守る。
(その瞬間は、もう、話を聞いてやったこちらのことや迷惑かけたことなんか、一切合切気にもしていないww喜んで天に向かう姿が報酬ww)
ああ、アレに似てる。大怪我をして怒って攻撃してくる野良猫をレスキューするような感じで、よくあるホラー映画みたいな、ああいうことは、まず、ない。最初は、みんなああいう感じの恐怖を与える様相だけどね、こっちが怖がらなければ、野良猫と同じ様になる。
彼らは怖がってほしくないんだよ、本当は。
そして、救われたいと思っている。(最後の姿を見れば、誰でもそう思うと思う)
こんなの、徳の高いお坊さんしかたぶんできない。私は徳が高いわけじゃないけど、カウンセリングアプローチの手法を知っていて、話を聞く場面や経験が多かったから、話の持って生き方や、ひとの感情の扱い方を知っているだけ。
でも、心に余裕がないときは一切できない。だから、ここ、数年はしてない。そもそも、ひとへの関心が薄くなりすぎている。
そうではない、ひとのことが大好きで、ひとを手助けしたいなぁと思っているひとで、仏法に心得をもつ、それをやる時間があっても布施という生活の手段を与えられていてる方にお願いしたほうが、これとはまた違ったやり方で執り行うことはできると思うが。。。
実際は、心が納得するまで、悪霊は残存する。
つまり、子孫である自分が、感化を以って、解決する段、を以って、悪霊の残存は確認することはできる。